中途養育者サポートネット

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6 「思い遣り」と「可哀想」という概念について

ウイニコット(1958)の「精神分析と罪悪感」によれば、「罪悪感の基底で働いている過程を概念化しようとするとき、罪悪感は、それが無意識的であきらかに不条理であろうと、ある程度の情緒的成長や自我の健康さあるいは希望が達成されたことを表している」といいます。

 

ウィニコットは同書の中で、Klein(1935)は原初的愛情行動攻撃的目的をもつという考え方を発展させたとしています。

これはいったい、どういう意味でしょうか。

残酷であるということによって、愛情衝動には思い遣り(Concern)によって左右されない、いろいろの破壊的諸観念があるというのです。

「もし母親が自分の中に自然に生じてくる高度に適応的なやり方で幼児に対して振舞えるとしたら、彼女は、残酷な攻撃をした対象は母親(=自分)である、つまり育児の前状況を担当する人と同一人物であるといういう事を幼児が受け入れることができるまで、充分な時間を幼児に与えることになろう。」

これによって相対的依存関係が生じるというのです。

思いやりの感情を持てるようになった子どもは罪悪感の感情を持てるようになると、府川は著書「言語障害カウンセリング」の中で述べています。( 府川 2006)

 

出口(1991)は「思いやり」を研究する際、共感性(Empathy)を研究することが重要であるとしています。

アイゼンバーグとミラー(Eisenburg &Miller, 1987)やホフマン(Hoffman, 2000)らは多くの研究の中で「共感的苦痛は、援助行動とプラスの関係にある」、「共感的苦痛は援助行動に先行する」等の報告を行っています。

出口によれば「共感性が高いばかりに刺激に過剰共感(過剰反応)を起こし、凶悪犯罪に陥ることもありうる」といいます。

出口はそれを「エンパシック・クライム(共感的犯罪)」と呼んでいます。
(発達心理学エチュード「 共感性の発達」 出口,2004 )

 

「中途で養育を交替した人々」は(実際の発生割合以上に)虐待事件として、マスコミ等に頻繁に取り上げられています。

デイリーとウイルソン(2002)による「シンデレラがいじめられる本当の理由」の中では「アメリカのステップ・ファミリーで虐待の危険率が高いのは確かで、それも相当高いということは疑う余地がなかった」といいます。また、貧困や家族数などの要因と、義理の親子という問題は別物だという調査結果を出しています。さらに、ダーウィン的進化論の立場より(継子も実子も同じように扱うという心理が仮にあったとして)「人間が進化させた心理機構には、本来は実の子どもという、我々が知っているほとんど無私的な愛情を注ぐべき対象が占める特別な心理領域に、ただの、たとえどんなにかわいらしくても継子が入ってくるのを簡単には許さないための安全装置が組み込まれている」ことに「理論的裏づけがある」としています。

 

勿論、これらの理論には賛否両論がありますし、現代においても、深く研究が成されているとは言い難いでしょう。

いずれにしても積極的に中途養育に関る、止むを得ず中途養育に関る等、きっかけは様々であっても、中途養育者は少なくとも「養育を拒否」していない人たちであることは事実でしょう。

これは一般的に、向社会的行動といって良いのではないでしょうか。

本論文1章に登場するAさんは、花子さんの養育を実母から代替するにあたって「可哀想だから」と言っていました。

「可哀想」という概念は英語では(Poor)若しくは憐れみ(Sympathy)等が考えられます。

これらの概念は「思い遣り」とどう違うのでしょうか。

これら「罪悪感」「思い遣り」による攻撃性もしくは「共感的苦痛」を、中途養育者が持つことは可能なのでしょうか。

あるいは、社会は許してくれるのでしょうか。

ママ友に対して「うちの子は本当にダメ」と言ったとして、実子に対して言うのと、継子に対して言う場合の評価が異なりはしないでしょうか。

おそらく前者は(愛着の基盤が形成されている既定の概念から)「そんなことないでしょ」と、謙遜と捉えられるのに対し、後者は「(やっぱり)愛情がもててないんだ」と思われるのではないでしょうか。

池田(1979)は次の「第二の性」のボーヴォワールの言葉「偽善的な差恥心から「いじわるな母親」という考えをそっとしておいて、継母という型を案出したのだ。二度目の母親が死んだ『いい母』の子どもを虐待する」を引用し、「このように母性全般の巨大な力、とりわけ、子を産み育て祝福する力と相反する、子を傷つけ呪い滅亡させることのできる力、愛情の蔭にある僧しみ、加虐性というものを、「継母」という一定の杜会的役割の中に象徴的に封じこめたとすれば、ほとんどすべての国に、「継母」の「継子いじめ」についての数多くの伝説や民話が存在することが納得できる」といいます。

 

これはつまり、継母は以前より「定型養育者」のスケープゴートに使われてきたということです。

 

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